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フォーラム講演記録
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フォーラム講演記録
第4回大雪山国立公園フォーラム2
2003/12/27

ヌプカウシ山域の風穴 -ヨーロッパアルプスと比較して-


佐藤 謙(北海学園大)


1.はじめに
こんにちは.北海学園大学の佐藤でございます.私,欲張りでして,皆さんにたくさん話したいと思ってきました.しかし,時間が限られておりますので,資料11枚を用意しております.
最初に,演題・日付・鹿追町と書かれている資料を見ていただきたいのですが,「はじめに」の2段落目を読みます.「ヌプカウシ山域の植物とその環境について,地元,鹿追町でお話できることを大変うれしく思います.最近,『自然の保護と利用の調和』という言葉を良く聞きますが,保護と利用のいずれを考える場合でも,まず『その地域の自然の特徴』を知ることが大切だから,とりわけ,地元の方々が地元の自然を深く理解することが大切と思うからです.」そのため,地元,鹿追町でお話ができることを非常に光栄に思っております.東ヌプカウシ山域で私が知りえたことを皆さんと共有できればと思ってきた次第です.その後に長い文章が続いておりますが,あとで読んでいただきたいと思います.
 3枚目に「士幌高原の自然は極めて特殊である」という資料がございます.48頁から49頁を開いてみてください.下の方の右側に図−1がありまして,左側に図−2があります.図−1は,北海道中央部における植生の垂直分布帯を示しております.下の方,?山地帯から?亜高山帯,そして高い木の林,高木林がなくなるところ,標高1,500mあたりが森林限界になりますが,それを境界としてその上に?高山帯があります.これがふつうの垂直分布帯です.
図−2を見てください.ヌプカウシ山域は,最高標高が1,250mぐらいしかありません.図−2は,1,250mぐらいしないヌプカウシ山域では森林限界に達しない,高山帯に達していませんが,高山性の植物群落が低いところにあることを示しております.
 風穴については,もうご存知だと思いますが,50頁の図−3を見てください.右側の斜面を見ていただくと,斜面脚部と書いてあります.斜面の下部のほうです.矢印が書いてありますが,岩塊が堆積した斜面の下の方から冷たい風が吹き出しております.そこに?ハイマツ−コケモモ群落が成立し,多くの高山植物が生育しております.その周辺,?の下方と上方になりますが,?アカエゾマツ−蘚類群落となっています.そこには,多少とも高山植物が混じったりミズゴケ類が混じった珍しい森林があります.これら?と?の群落に高山性の動植物が多く認められます.さらに両側を見ますと,?,?,そして?と移り変わっていきますが,風穴から離れるほど普通の,そこの標高に合った普通の森林になっていきます.?や?を中心にして?,?そして?と移り変わるにつれて,高山性の植生から普通の植生に変わっています.風穴は,局地的に冷たい風が吹き出すことによって局地的に寒い場所を作り,それが本来は寒い所に見られる植物を局地的に生育させているということになります.

2.OHPによる説明
 ここまで観念的な話になりましたが,もう少しOHPで概説を続けます.後にスライドで具体的に説明しますので,ここは気楽に聞いてください.
 ヨーロッパアルプスも日本も同じですが,標高が高くなると温度が低くなって森林限界に達します.そこより高くなると高山帯です.ヨーロッパではアルプスとして北アルプス,中央アルプス,南アルプスがあり,北に飛び離れてジュラ山脈があります.ジュラ山脈は森林限界・高山帯に達していません.風穴地は,これらいずれの場所でも,高山帯でないところ,すなわち丘陵帯,山地帯,亜高山帯にあり,普通は森林限界を超えたところに生育する高山植物が出現しております.ジュラ山脈は,アルプスとこんなに飛び離れ,しかも森林限界に達していないのに,ここに風穴地があると,高山植物がポツンとでてきます.高山植物が標高の低い,森林限界よりも下の方に,全体の気候が暖かいところに出てくる訳です.
 しかし,風穴地は冷たい場所です.では,なぜ冷たい風が吹き出すのでしょうか.いろいろな説がありますが,ヨーロッパで古くからいわれているのは,「対流説」です.このように,金属鉱山などの鉱山で縦坑と横坑があると,冬に冷たい風が下方から入って暖かい風が上方に出る,夏には逆に,暖かいまわりの空気が上方から入って,冷えて重くなって,下方から冷たい風が吹き出すという訳です.
 これと同じことがヨーロッパの風穴地で確認されています.アルプスの風穴地は,ほとんど垂直な岩壁の下に岩塊が堆積した「山崩れ地」です.このように,夏には岩塊の隙間を通って斜面下方から冷たい風が吹き出します.逆に,冬は下方から冷たい外の空気が入って,上方から暖かい空気が出ます.植物の生育にとって夏の気温が重要ですから,こういった斜面の下方から冷たい空気が出る場所が重要であり,その周辺だけが寒くなるものですから,ここに高山植物が見られるのです.ヌプカウシ山域でもヨーロッパでも同じですが,真夏でも風穴地に氷がある場合と氷がなくても冷たい風が吹き出すだけの場合があり,いずれの場合でも高山植物が生育しております.
 そういう風穴地について,ヨーロッパとヌプカウシ山域を比較したいと思いました.皆さんに配布した地図とこの表を見てください.風穴地の植生に関する研究についてヨーロッパの文献を調べてみたところ,ヨーロッパの風穴研究は17世紀,240年前まで遡り,150編ぐらいの論文があることが分かってきました.そのうち,風穴地の植物に関してどうかというと,少なくとも26ヶ所の風穴地において植物が記録されていることが分かりました.一昨年になりますが,真夏は本当の高山帯を観察しなければなりませんので,春と秋に26ヶ所の風穴地をできるだけ見ようと歩きまわりました.結果的に14ヶ所の風穴地を見ることができました.
 スイス・ジュラ山脈の1ヶ所とドイツ・シュヴァルツヴァルツ(黒い森)の1ヶ所,それから石灰岩からなるスイス・北アルプス地域で数ヶ所の風穴地を見ました.この辺り,東側のオーストリアでは植物が調査されていない風穴地がたくさんあります.それから南アルプスですが,ここは石灰岩ではないところ,この辺は石灰岩からなるところです.イタリアのここは石灰岩からなります.それから北アルプスの東側延長になりますが,ドイツの南東端で盲腸みたいなところ,オーストリアとの境界にベルヒテスガーデン国立公園があります.ここも石灰岩からなっています.それから,中央アルプスの延長になるオーストリア・チロル地方のシュラトミングという石灰岩ではない風穴地を見てきました.
 だいたい,このように歩きましたが,後でスライドで,時間の許すかぎり観ていただきたいと思います.それで,問題なのは,日本の風穴地と非常によく似ている場合と似ていない場合があることです.
 これはスイスの地質図ですが,この辺りにジュラ山脈があって,ここが北アルプス,ここが中央アルプスになります.ジュラ山脈と北アルプスはほとんど石灰岩でできており,中央アルプスは石灰岩ではない硅酸質の地質からできていて,さらに南アルプスになると石灰岩が多くなりますが,必ずしも石灰岩だけではなくなります.ヨーロッパでは石灰岩であるかないかという地質の違いに応じて,見られる高山植物がまったく違っています.高山植物は,ふつうは森林限界を越えたところで違うのですが,それと全く平行して,風穴地でも出てくる植物がまったく違ってくるのです.風穴地において,石灰岩であるかないかによって,全く違う植物が見られることを後でスライドで具体的に見ていただきます.
 これは,細かい表で良く見えないと思いますが,26ケ所の風穴植生をまとめたものです.ここの所に,石灰岩であるかないか,たとえば石灰岩やドロマイトのような石灰質の岩と,片麻岩,玄武岩,粘板岩,流紋岩などの石灰質が少ない硅酸質のものと,2通りの地質が書いております.その違いに応じて出現する植物がまったく違います.見えにくいと思いますが,こんな感じに,石灰質岩にだけ出てくる高山植物はまとまって石灰質岩の風穴地に見られる訳です.たとえば,チョウノスケソウは石灰質岩の高山帯に多く見られますが,それが石灰岩からなる下の方の風穴地にも出てきます.ウラシマツツジは,ヌプカウシ山域では非石灰岩地に出てきますが,逆に,ヨーロッパでは石灰岩地に見られるようです.逆に,ウサギシダは,日本にも見られますが,非石灰岩地にでてきます.こういうふうに地質の影響が風穴地の植物にも明らかであり,日本の風穴植生は,ヨーロッパの石灰岩地でない風穴地の植物と良く似ています.この表は,まだ未完成ですが,さらにミズゴケ類が多く出現する風穴地はだいたい非石灰岩地です.ヌプカウシ山域のスライドを後で見ていただきますが,ミズゴケ類が非常に多い風穴地は,これらの非石灰岩からなる風穴地と共通しています.非石灰岩地のコケモモ,クロマメノキ,コメススキなどもヌプカウシ山域と共通してますが,ミズゴケ類が多い特徴,ミズゴケ類はどうも石灰岩を好まないようで,日本と似ている風穴地は,非石灰岩の風穴地です.

3.スライドによる説明
(1)ヌプカウシ山域
 スライドは,最初にヌプカウシ山域の風穴地,その後の大半がヨーロッパアルプスのものです.スライドを山ほどもってまいりましたが,講演時間との勝負ですので,あとは時間打ち切りで説明していきます.
 最初に,ヌプカウシ山域の風穴地について説明します.これは岩石山というところから西ヌプカウシヌプリ方向に撮ったものです.この辺に白樺峠がありますが,この風穴地の規模を覚えておいてください.この規模で一つの風穴地です.高山植物がこの斜面下部に見られますが,特に,こことここにハイマツ−コケモモ群落が見られ,その周りをミズゴケや高山植物が豊富なアカエゾマツ林(アカエゾマツ−蘚類群落)が取り囲んでおり,さらにその周りにトドマツとかダケカンバが生えています.この斜面を見ると,垂直分布の逆転が明らかですが,同じ例がヌプカウシ山域のあちこちにあります.ヌプカウシ山域の一つの風穴地の規模でさえヨーロッパの風穴地よりはるかに大きいこと知っていただきたいと思います.
先程,資料で説明した模式図です.斜面下部から冷たい風が吹き出す場所に高山性の生物がいるという模式図です.
ハイマツが生え,ガンコウランとかイソツツジとか,高山植物が見られます.斜面の上の方にアカエゾマツ林が見られます.斜面の下方に高山性のものが,上方に亜高山性のものが生えておりますが,下の方が寒いからです.
 ハイマツです.これは,五葉のマツで1枚の葉が5本の針葉からできておりますが,あとでヨーロッパアルプスのムゴマツという2葉のマツを紹介します.マツ科マツ属には5葉のマツと2葉のマツの仲間が分けられており,それらが分類学的に違うことになります.しかし,ヨーロッパアルプスのムゴマツは,ハイマツと生えてくる場所が非常によく似ております.
 コケモモです.高山植物です.ガンコウランです.これらは,ヌプカウシ山域で撮ったスライドです.イソツツジです.この写真は西ヌプカウシの山頂で撮ったもので,北海道にふつうなエゾイソツツジです.しかし,風穴地の斜面下部になりますと,背丈が1mから2m位の高さになって,葉が非常に大きくなったオオイソツツジ(変種)が見られます.
 コスギランという高山植物です.これはツンドラの植物でもあります.ヌプカウシ山域だけではなく,ヨーロッパの最北端でも,ヨーロッパアルプスの高山帯でも,さらにその風穴地でも見たことがあります.同じ種類の高山植物が広く分布することを確認しております.ウラシマツツジです.ヌプカウシ山域ではほんとに珍しいのですが,1ヶ所の風穴地に突然出てまいります.
 ヌプカウシ山域に出てきた高山植物は,大雪山の高山帯では,このような森林限界を超えた所の,とりわけハイマツ低木林に出てきます.
ヌプカウシ山域の空中写真です.一番最初に見ていただいた写真はこの岩石山からこの方向に撮ったもので,風穴地は,ここだけではなく,この辺,この辺,この辺,あるいはこの辺にもあります.明らかに風穴地と数えられる所がたくさんあります.それらを駆け足で見ていただきます.
 これは北海道が作った植生図ですが,この黒く見える所はほとんど風穴地です.この辺も風穴地,この辺ははっきりしてませんが,風穴地です.
北海道が作成したナキウサギの分布図です.厳密にはもっと広い範囲にナキウサギがおりますが,だいたい風穴地の分布と合っています.しかしながら,図でうまく説明されていても,現実はより多様性に富んでいることが多いので,よくよく調べないといけません.
ナキウサギです.これは,マツダタカネオニグモ,松田まゆみさんが発見した新種です.これらは,みな高山性の動物,氷河期の生き残りです.このような岩がゴロゴロした風穴地にすんでおります.
高山植物やミズゴケ類が多く,イソツツジも多い風穴地です.周りにアカエゾマツの林があり,だんだん離れると,亜高山あるいは山地の植物が出てきます.この赤いミズゴケを覚えておいていただきたいんですが,ヨーロッパアルプスでもこういう赤いミズゴケが出てまいります.
 これは,スギバミズゴケといいますが,ふつうは,亜高山帯から高山帯の高層湿原に出てくるものです.ヌプカウシ山域の風穴地では,赤いミズゴケがとりわけ見られます.これは,日本の風穴地の中でとりわけの特徴となります.それから,この辺の植物は,高山性地衣類でナギナタゴケといいます.この辺も,別の地衣類でハナゴケの仲間です.ここは,秋まで土壌が凍っております.
 これが,イソツツジという種の変種オオイソツツジです.背たけが1mを越えております.風穴地のイソツツジです.周りにミズゴケ類や他の高山植物が見られます.同じ状況が白雲山の登山道沿いにも見られます.
 どんどん進みます.この辺も風穴地です.この辺が道路予定線ですが,これに沿って歩きますと,このアカエゾマツ林の下にも高山植物がたくさん見られました.ガンコウランとハナゴケの仲間です.これらはみな,高山性の植物です.
岩がゴロゴロしておりますが,この岩の表面に地衣類が見られます,地衣類は,「地面の衣」と書きますが,カビ・キノコ(菌類)とモ(藻類)の仲間が共生して,一つの種類を作っています.これは,チズゴケといいます,子供がおねしょをした布団のしみみたいですが,世界地図を意味するチズゴケです.こちらの黒いのは,イワタケの仲間です.この山域では,日本で2ヶ所しか知られていないイワタケの仲間があります.もう1ヶ所は国の天然記念物に指定されております.これらは高山性の植物であり,ツンドラ地帯にもありますし,ヨーロッパのアルプス高山帯にも,その風穴地にもあります.
この山域のアカエゾマツ林は,北海道にふつうなものとは違って,高山植物がたくさん出現する特徴があります.コケ類(蘚苔類)や地衣類,それからコケモモ,イソツツジ,ガンコウランといったような高山植物が見られます.これがミヤマハナゴケという高山性の地衣類で,ここにイソツツジがあります.これらがアカエゾマツ林の下にあることが非常にめすらしいのです.
今見ていただいた「V字ガレ場」のふもとで,水が湧き出ている所がありますが,ここの地温はいつも0度から1度ぐらいです.この下に永久凍土があるにちがいないと推測できます.岩塊堆積地に永久凍土があるかないかは,掘ってみると分かりますが,掘ると凍土が融ける可能性もあります.電気探査とか,凍土の存在を間接的に調べる方法がありますが,地上の生物を守るには推測するだけでもいいような感じがします.調査のために凍土を壊してしまうのは,ウーンという感じです.この湧き水の周りにあるのが,ホソバミスゴケです.これは先ほど見ていただいた赤いミズゴケとは違うミズゴケ類です.ふつうは,傾斜のある斜面において森林が成立すると,その下にミズゴケは出てこないのですが,風穴地では冷風が吹き出すことによって,冷たい風が急に暖められることにより結露したり,あるいは地下の凍土が融けることによって湿ってきます.そのため,ミズゴケが生えるといわれています.
ホソバミズゴケです.この山域では,アカエゾマツ林やトドマツ林などの下で,ササ類がなくてこのホソバミズゴケが出てくる場所があちこちに見られます.そういった場所は,この根株のように,下にある岩塊のすきまから冷たい風が吹き出して湿った風穴地になっております.ですから,風穴地として森林にならない場合もありますけども,上に森林がある風穴地の場合もたくさんあります.
これは,士幌側の斜面で山火事で焼けたあとに再生したダケカンバ林です.もはや原始の林といえないのですが,そういう所でも,手前にササが見られますが,奥のササがない岩がゴロゴロした岩塊堆積地にナキウサギが生息しておりましたし,高山植物がこんなに低い所と思うくらい,多く見られました.ここは,士幌側のトンネル工事予定地に近い所ですが,山地帯にあたり,普通は決して高山植物が出てこないような標高ですが,コケモモやエゾムラサキツツジなどの高山植物が見られます.
これは,写真がよくないんですが,春先のエゾムラサキツツジです.それから,これは先ほどの斜面で6月下旬ぐらいだったと思いますが,10cmの深さで0.2度の地温を測定できた様子です.ということは,その時にまだ土が凍っていることを示しております.
さらに標高が低い「ヌプカの里」の辺りには,ミズナラ林があります.そこではエゾムラサキツツジが生えたり,コケモモが生えたりしております.ふつう,ミズナラ林の下にこういった高山植物が生えることは,非常に珍しいのです.ここでは高山植物がかろうじて生えているようですが,風穴の影響だと考えられます.
この山域,ヌプカウシ山域の風穴植生,風穴地と結びついた植生は,ハイマツ−コケモモ群落のように,まったくといって良いほど高山植物だけからなる場所だけではなく,アカエゾマツ林とかトドマツ林のように,その下に高山植物がミズゴケ類が多い場所,ダケカンバ林でも,とくに山火事跡地に再生したダケカンバ林でも,それらの下に高山植物がある場所,さらにミズナラ林の下に高山植物がかろうじて見られる場所など,いろいろ多様な風穴植生が見られます.これは,国内の風穴植生と比べ,多様な風穴植生があると言えます.それは,なぜ生じたのか,まだまだ研究していかなくてはなりません.例えば,土壌が夏まで凍っている,初秋まで凍っている,秋遅くまで凍っているというような,温度の持続の違いが関係しているように思われますが,まだ分からない不思議さを残しております.とにかく,事実は,非常に多様な風穴植生があるということ,その一つを強調できます.さらに,この山域のように,これだけ規模の大きい風穴地は,文献や現地調査を併わせて比較しますと,国内では他に例がありません.
(2)ヨーロッパ
さて,ヨーロッパで見てきた14ヶ所の風穴地をこれから見ていただきます.
最初に,ヨーロッパアルプスの高山帯を見ていただきます.この山はちょうど地質が交代する所で,この辺から向こうが石灰岩でできており北アルプスといってよく,こちら側は花崗岩質からなっており,中央アルプスに当たります.ここに中央アルプスと北アルプスの境界となる山があります.森林限界(高木林限界)がこうありまして,その下方にエゾマツやアカエゾマツの仲間であるヨーロッパトウヒの高木林が見られます.森林限界を超えた上方が高山帯ということになります.高山植物は,高山帯とともに,森林限界より下方にある風穴地に出てくることになります.
ヨーロッパトウヒが,こういうふうに背が低くなって森林限界を超えます.森林限界の上にある高木限界(萎縮木限界)を超えますと,この辺り,背が低くなった高木種が消えます.
この深い緑の部分が森林限界と高木限界の間ですが,ここはアルペンローゼといわれるシャクナゲ低木林に被われております.次,お願いします.これがアルペンローゼといわれる,30cmないし50cmぐらいの高さのアルプスのシャクナゲです.2種類ありまして,1種類,Rhododendron hirtumは石灰岩地と結びつき,もう1種類は非石灰岩地に結びついております.これは,非石灰岩地にあるRhododendron ferrugineum,サビバシャクナゲと訳すのでしょうか,そういう意味のラテン語の名前をもったシャクナゲです.これらは,よく風穴地に出てまいります.
これは,日本のハイマツと同じように,森林限界を超えた,ヨーロッパトウヒの林を超えた高山帯にでてくるムゴマツ,Pinus mugoです.これは,北海道では道路沿に,街路樹というと高木と思うかもしれませんが,低く這う(はう)マツとしてよく植えられております.また,ハイマツとほとんど同じ生態的特徴,同じような環境に生える特徴をもっておりますが,しかし分類学的には二葉のマツ,1枚の葉が2本の針葉からなっているマツです.これも,よく風穴地にでてまいります.森林限界を超えた高山帯下部に普通な,サビバシャクナゲとかムゴマツが風穴地に出てくるのは,北海道でハイマツやイソツツツジなどが風穴地に見られるのと非常に良く似ています.
あとは石灰岩地であるか非石灰岩地であるかによって風穴地の植物が違いますので,まず,高山帯でも石灰岩地と非石灰岩地の植物が違うことを紹介します.石灰岩がこのように露出してしている岩壁あるいは崩壊地,土壌が発達した草原でも凸地(風衝地)や凹地(雪田)などのように,高山帯のいろいろ異なる環境に応じて違う高山植物が生えています.しかし森林限界の下方にある風穴地にいきますと,ここに生えるもの,ここに生えるものも,そしてここに生えるものも,全部一緒になって風穴地に現われる傾向があります.風穴地は,ただ寒いということが高山植物の生育地になるのだと思います.
これは,日本にないセスレリアというイネ科の植物で,石灰岩の高山風衝地に見られますが,次に見ていただくチョウノスケソウとよく一緒に生えております.この植物が出てくる場所は,真の高山帯であるといわれております.それが,極端な場合は標高300mほどの低い風穴地に出てくるのです.
これは,チョウノスケソウです.チョウノスケソウという種は,全体的には石灰岩を好み,おおむね石灰岩と結びついて分布しております.厳密には石灰岩地に限られず,風穴地でもだいたい石灰岩地に出てきます.北海道でいいますと,これは,崕山(キリギシ山)とか太平山とかいった石灰岩地に見られ,一方で大雪山のてっぺん,非石灰岩地にもあります.大雪山以外では,いちはやく盗まれて青息吐息,絶滅寸前になっております.チョウノスケソウは,厳密には石灰岩と結びついておりませんが,石灰岩からなる高山帯の風あたりの強い場所(風衝地)を代表する植物です.
今の所よりもさらに登った所で,こういう風に雪がたまる,ガラガラした場所(雪田)に出てくる植物も,下の方の風穴地に見られます.たとえば,これは,石灰岩地の雪のたまる所(雪田)に出てくる矮小なヤナギ,Salix retusaです.北海道でいうと,大雪山のエゾマメヤナギは雪が少ない風衝地に,ミネヤナギは雪が多い雪田に見られるヤナギですが,ミネヤナギのように雪が多く積るところ,しかしミネヤナギとは異なって土壌があまりに発達していない所に出てくる,石灰岩の高山帯雪田に見られる種類です.これも真の高山帯,ほんとに高い所に出るのが普通ですが,標高が低い風穴地にもポツンと見られたりするのです.
これは,Ranunculus alpestris,直訳するとミヤマキンポウゲになりますが,日本のミヤマキンポウゲとは違う種です.本当の高山帯のキンポウゲであり,そうですね標高3,000mを超えた高山帯のあちこちで見ることができます.これもどちらかというと,石灰岩地に多い植物です.
これは,日本にはないアブラナ科の種類,Pritzelago alpina(Hutchinsia alpina),こちらでいえばミヤマタネツケバナに近い仲間ですが,石灰岩でも非石灰岩でも,とにかく標高が高くて,氷河にけずられたばかりの,あるいは氷河が後退したばかりの高山帯の岩がゴロゴロした場所に見られ,標高が低い風穴地にも見られます.
ここは非石灰岩地ですが,ここの場合は,ヨーロッパトウヒとヨーロッパカラマツが森林限界をつくっています.ここから上方が高山帯です.ちょっと女房が写っていますが,氷河が後退したようなガラガラした所に,たとえば,日本にあるジンヨウスイバ(マルバギシギシ)が見られ,それが標高300mぐらいの風穴地にもポツンと出てくるわけです.
ここまで,森林限界を超えた高山帯の説明をしました.いよいよ風穴地そのものを見ていただきます.最初に,ジュラ山脈のクリュー・ド・バン山の風穴地を見ていただきます.ここは一番高い所が1,350mぐらいしかないんですが,200mぐらいの絶壁がありまして,その下に山崩れ地があります.頂上にヨーロッパブナの林がありますので,亜高山帯にも決して達していない山です.ところが,この中の山崩れ地が風穴地となっており,ヨーロッパトウヒからなる針葉樹林があって,その中の強い風穴地に何が生えているかという話をします.
ここに,リザーザバ・ド・クリュウードゥバン,すなわちクユードゥバン自然保護区とフランス語で書いてあります.お渡しした「ヨーロッパアルプスの風穴地を観て」に説明が書いてあり,地図にその位置が示されております.
周りはヨーロッパブナ林で山地帯に当たります.まん中の方にヨーロッパトウヒ林があります.次,お願いします.ここは,コの字型に石灰岩の絶壁があって,自殺しようとおもえばすぐ自殺できるようなものすごい絶壁です.ここの所が強い風穴地になっております.次,見てもらいます.
ここは,全体が自然保護区になっておりますが,ヨーロッパでは保護区になっていると,ほとんど科学的な説明をした良い看板があります.日本では,揚げ足をとるのが好きなわけではないのですが,「看板に偽りあり」の例がけっこう多いのに対して,非常に良い説明がされております.地質図や植生図を説明していたり,垂直分布帯に合わせた代表的な出現種が描かれていたりするんですね.しかも,そういう自然を紹介する看板が本当に手を加えていない歩道の脇にあるのです.
次,お願いします.実際に歩きますと,すごい所です.絶壁の上縁から撮ったものです.これはアルプスカモシカの踏み跡です.この下に40度ぐらいの傾斜の山崩れ地があります.ここを上に登ったり下に下ったりして,1日8時間ぐらい遊んできました.上から見下ろした風穴地ですが,これがスイスで最大の風穴地です.士幌の風穴地の大きさに比べて,一番最初に見ていただいた風穴地と比べて,小規模であることが分かると思います.ところが,ここは古くから研究がすすめられております.たとえば,この低い所はヨーロッパトウヒの背丈が低くなっていますが,この部分が最も低温になることが分かっております.高山植物もけっこう混じっており,風穴中心部から周辺のヨーロッパトウヒ高木林にかけてミズゴケ類もたくさん見られます.ところが,この斜面の上方では,こちらでいうとイタヤとかミズナラのような山地帯,暖かい所の落葉広葉樹が見られます.ここでも,垂直分布の逆転が認められます.斜面上方が暖かい所に成立する落葉広葉樹で,斜面下方になると,亜高山あるいは高山の植物が見られるのです.
実際にここを歩きまわりました.下から見上げた石灰岩絶壁と山崩れ地ですが,これはヨーロッパトネリコ,こちらでいうとアオダモとかヤチダモの仲間ですが,それらが斜面上方にあって,斜面下部では針葉樹林,それから高山性植物群落にになります.
ヨーロッパトウヒが1mほどの高さになっております.ここでは,温度測定が40年ぐらい継続されております.なんといいますか,日本と違って,大事な場所であると認識した上で,長くしっかりした研究を続けているのです.もちろん登山道を離れて,風穴地に入るのは私ぐらいでしょう.ここは,自然のままに残されております.
そこで見たコケモモです.日本と同じ種類です.この赤いミズゴケは,日本にないミズゴケです.それから,チョウノスケソウです.ここは,標高1,100mぐらいで,標高からいうとヨーロッパブナ林が成立する標高範囲,山地帯ですが,高山植物チョウノスケソウが出てくるのです.それから,さきに本当の高山帯で見た,雪の溜まるガラガラした場所(雪田)のヤナギ,Salix retusaです.こちらは,氷河の周りにでてくるRanunculus alpestris,キンポウゲの仲間ですが,こんなに低い所に出てくるわけです.
これは,ヨーロッパトウヒが矮小化したところと,その周りのヨーロッパトウヒ高木林の下,どちらにも出てくるホソバミズゴケです.さきほど,士幌の湧き水のそばにあったものです.ここにあるのは,イワダレゴケですが,これも日本と同じ種類です.
では,石灰岩風穴地の2番目の例を紹介します.ここは,北アルプスの延長で,スイス東端,オーストリアに近いセンティスという山です.私はこちらのルートを通ったり,この辺を下りてきたり,こちらを登ったり,いろいろ歩きまわった山です.石灰岩の山ですが,この辺からこの辺に森林限界があります.森林限界の真上付近にムゴマツ低木林が見られます.見ていただきたいのは,森林限界より遙か下方に岩壁があります.周りはヨーロッパトウヒの林で,その下,この辺りからヨーロッパブナが出るてまいります.この岩壁は山地帯から亜高山帯にかかるぐらいの低い標高にあり,北向きになっております.そこが風穴地になって論文が発表されてたものですから,行きたいと思いました.
最初に,森林限界を超えた高山帯にある植物を紹介します.ここは,非常にすばらしくスリルがあるルートでして,まだ女房には見せておりませが,7月12日に登っていきましたら,この辺から上が新雪で歩道が分からなくなってしまいました.前日まで3日間,雨と報じられており,雨があがったため出かけていったところ,積雪だったのです.遭難しないようにこの辺から戻ってきました.頂上が近いところから戻るのは嫌なものですが・・・.
これは,Carex firma,フィルマスゲといいます.石灰岩地において一番風あたりが強い場所(風衝地)にでてくる高山植物の中の高山植物といってもいいものです.これが,先ほどの標高の低い風穴地にも見られます.
ここに岩壁があって,その下方の山崩れ地が陰になっていますが,谷を挟んだ反対側にも岩壁があってその下方も山崩れ地になっています.しかし,同じ地形があっても,だいたい北ないし東向きの日射量の少ない山崩れ地が風穴地となり,風穴植生が発達しています.北ないし東斜面では,凍土がなかなか融けない,そういったことがその理由になると思います.
ここの風穴地をお見せします.面積はほんのわずか,ネコのひたい程度です.しかし,論文が書かれ,風穴地として認識され,しっかり保護されております.ここは,アッペンツェル・チーズで有名なアッペンツェルの近郊になります.
実際に行ってみますと,斜面上方にガラガラした山崩れ地の露岩地があって,その下方にヨーロッパトウヒがヌプカウシ山域のアカエゾマツとそっくりに背が低くなっております.この辺にはチョウノスケソウやCarex firmaが出てきます.これは,ムゴマツです.風穴地の景色(景観)は本当にヌプカウシ山域とよく似ています.しかし,ヌプカウシ山域と比較するとネコのひたいみたいな小規模な風穴地ですが,よく研究され,しっかり保護されているのです.
秋に歩いたものですから,花の咲いているものが少ないのですが,これがチョウノスケソウの葉です.これは,Salix reticulataで,先に見ていただいたSalix retusaの親戚みたいな別の種類,しかし石灰岩の雪のたまる所(雪田)に見られます.これは,こちらでいうとヒメイワショウブやチシマゼキショウの仲間の高山植物です.これは,Carex firmaで,本当は標高3,000mぐらいの所にあるものが,700mぐらいの風穴地にも出てくるのです.地温を測りますと,秋でも冷たい風が吹き出しています.これは,クロマメノキです.クロマメノキとSalix reticulataが生えている場所ですが,地温が3度ですね.秋で,気温15度ぐらいでしたが,地温は低いままでした.
論文をたよりに,あちこちの風穴地を歩きました.ここは採石場になっておりますが,論文によれば,ここにすばらしい風穴地がこういうふう規模であったといいます.コンクリート材料や道路の敷石のために,1ヶ所の風穴地がまったく壊されておりました.論文で大事だと指摘されていたんですが,建設材料や道路工事のために一つの風穴地をなくしてしまった訳です.本当に残念でした.しかも,この時はじゃんじゃんぶりの雨です.ここは,たぶんスイスでは大規模な方の風穴地だったと思うんですが・・.次,お願いします.
残念だと思ってU字谷の反対側を見たら,反対側の斜面も風穴地があるように見えました.ワーグタールという谷ですが,反対側の斜面にも風穴地らしい場所が見られたのです.さらに,左の下流にも見られました.これらは,論文に書かれていない場所でしたが,次,お願いします.
 風穴地らしいと思って歩いていきました.それぞれが明らかな風穴地でした.しかも壊された大規模な風穴地で記録された植物をほとんど確認することができました.
ここでも,斜面上方に温帯性の樹木があって,下方にヨーロッパトウヒの矮小化したものがあります.それと混じってチョウノスケソウやフィルマスゲなどの高山植物が見られました.土壌温度も低いままでした.
これは,晩秋,しかも雨降りの写真で色気がありませんが,フィルマスゲとチョウノスケソウの枯れかかった葉です.これは黄色い花を付けておりますが,Saxifraga aizoidesといって高山帯の流水沿いに出てくるユキノシタの仲間です.これは,風穴地のあちこちによく出てきます.
いままで,3ヶ所の風穴地を具体的に見ていただきましたが,みな石灰岩の風穴地であり,ほとんど石灰岩地の高山植物が出てまいりました.では,非石灰岩,珪酸が多い岩石からなる風穴地ではどうでしょうか.スイスでは本当に小規模の風穴地しかみていません.北アルプスの山麓にウンターシャーフェルという所がありまして,そこは非石灰岩からなります.ここは,私が見たあと,会場に来られている北大院生の沢田くんが今年見てきた所です.ここに森林限界があって,その上にカールが見えます.森林限界のすぐ上にはムゴマツが見えます.この急斜面の下の方,この辺を見てもらいます.次,お願いします.こちらのなだれ道に,日本のミヤマハンノキと同じ環境に生えるミドリハンノキ,Alnus viridusが北斜面を被っております.なだれ道以外の斜面にはヨーロッパトウヒの林があります.風穴地は,その下です.次,お願いします.
ここに,こういうふうにわずかにトウヒが生えていない所がありますね.これが,一つの論文になっている風穴地です.規模の大きさは,士幌,いや士幌ではなくヌプカウシ山域の方が勝っていますね.ここは面白いところで,地元の人たちがこの斜面の下縁に石組の小屋を作ってチーズとかミルクとかを冷蔵してきました.これらの小屋は,文化財的にも価値があるといわれているのですが,以前は十数個あると論文に書かれていたのですが,たしか5個,まだ壊れない小屋が残されていました.本州でも風穴地を壊さずに利用してきた例があります.ここは,こういう斜面の末端で牛が移動する道があり,チーズとかミルクを冷やしてきたのです.北海道の場合は,風穴地そのものを壊してしまう例が多いのですが,ここでは風穴地を壊さない利用が見られます.ただ,今は利用することが少なくなって,自然に小屋が壊れてしまっています.
実際に行きますと,これがまた,ヌプカウシ山域とそっくりでした.スギバミズゴケとかホソバミズゴケとか矮性化したヨーロッパトウヒなどが見られました.ここは石灰岩でない地質からなります.論文の通り,スギバミズゴケと日本にない赤いミズゴケがあります.それから,コケモモが生えています.この辺には,矮小のヤナギが生えています.
これは日本と共通するハナゴケの仲間です.高山性の地衣類です.これは,ダチョウゴケといいますが,ヌプカウシ山域ではアカエゾマツ林の下やハイマツ低木林の下などにありまして,風穴地を代表します.ここにはコミヤマカタバミ,コケモモ,クロマメノキが写っております.この風穴地は出現種,出てくる植物がヌプカウシ山域とよく似ています.これは,コケモモです.
秋で写真が悪いのですが,これは,ジンヨウスイバです.さきほど3,000mを超えた高山帯にあるジンヨウスイバをお見せしましたが,それが標高が低いこの風穴地にも見られました.ここにムカゴをつけたイネ科の植物が見られます.これは,こちらでいえばミヤマシノケグサに近い高山植物ですが,標高が低い風穴地に生えている様子です.これは,Arabis alpina,そのまま訳すとミヤマハダザオになってしまいますが,日本のミヤマハダザオは別の学名をもった違う植物ですら,それに似たハダザオの仲間です.これも,非石灰岩の風穴地によく出てまいります.
これまで,スイスの石灰岩地3ヶ所,非石灰岩地1ヶ所の風穴地を見ていただきましたが,非石灰岩地の方がヌプカウシ山域と似ています.それが,オーストリア・チロル地方のシュラトミングという風穴地でさらに分かります.今日,配布した資料にここの観察日記が書かれています.周りはヨーロッパトネリコ(アオダモの仲間)とかヨーロッブナとかシラカンバの仲間とかカエデの仲間とかがあって,ヨーロッパトウヒが混じっております.北海道に見られるような針広混交林です.そのような感じの谷を登っていきます.向かいの山は,石灰岩からなる北アルプスの延長です.この谷を登っていきました.
風穴地の全景写真がほしいものですから反対の斜面に登ろうとしましたが,うまくいきませんでした.手前にこちらでいえばケヤマハンノキのような,Alnus incanaの渓畔林があって,風穴地を塞いでいました.こちらの伐採跡地にはシラカンバの仲間,ヨーロッパシダレカンバが撮影をじゃましています.ここに斜面がありますね.その下部に森林がないところが見えますね.だいたいこれくらいの範囲が風穴地です.ここは,オーストリアのビオトープ保護区に指定され保護されておりますが,ヌプカウシ山域と比較しますと,本当にちっちゃな,ネコのひたいみたいな場所です.
風穴地の上方には斜面が長く続いております.標高差1,200mくらいあったと思います.あとで私の文章を読んでみてください.とにかく,ここを探しあてることができました.
実際にいきますと,赤いスギバミズゴケとかムゴマツとかが,この斜面下部にあります.ここの場合は,ヨーロッパカラマツとヨーロッパトウヒの林が周りにあります.風穴地中心部では,それらが矮小化しています.そのようなヨーロッパカラマツが見えます.
この風穴地で面白いのが,湿原の植物です.ミズゴケ以外に,たとえば,これはコケモモですが,こちらは,ヒメツルゴケモモという本来であれば高層湿原にしか出てこない植物です.ヒメツルコケモモは北海道の高層湿原でもわずかしか見られません.北海道では高層湿原の中の高層湿原といってもいいような所にしか出てこないのですが,それがこの風穴地にも見られました.
この温度計を持ち歩いて,あちこちの地温を測定しましたが,ここは地温2.5度です.ここは,実は,風穴地といわず氷結地といわれており,地下に永久凍土があることが分かっております.赤いミズゴケやら地衣類がたくさんあります.ここ一面に1mぐらいの高さの低木が生えています.これは,極地ツンドラにある,Betula nana,ヒメカンバです.北海道でいえば,ヤチカンバとかアポイカンバの親戚です.ヤチカンバやアポイカンバは,氷河時代の生き残りとして北海道に限られるように進化したものといわれております.それらの親戚の植物,ヒメカンバは普通はツンドラ地帯にあります.ヒメカンバにはヨーロッパでツンドラとなる北欧最北端と,飛び離れてオーストリア・チロルで出会うことができました.これは,明らかな氷河期の生き残りです.
私が行ったのは1998年10月ですが,そのときはこの看板がありませんでした.今年ここにおられる北大院生の沢田くんが撮った看板です.ツベルクというのは矮小を意味し,ビルケはカンバを意味します.すなわち,ドイツ語のヒメカンバです.私は秋に歩いたものですから,生き生きした風穴地の植物写真がなく,ヒメカンバの葉も枯れたところばかり撮ってきました.沢田くんは,シュラトミングと先に見ていただいたウンターシャーフェルの風穴地を見てくれましたので,お陰で,こういう青々した写真が使うことができます.ガンコウラン,それからコケモモです.次,お願いします.
ここでもちゃんとした看板,科学的に説明した看板があります.オーストリアのビオトープ保護区と書いてあります.ビオトープというよりも,地下の氷がありますから,生態系として守っていることになります.ヒメカンバがなぜここに分布しているか,氷河時代の生き残りであることをドイツ語で説明しております.これは,さきに皆さんに配布した資料にもありますが,ヨーロッパの風穴地における対流説の図であり,対流によってここに永久凍土ができていることをドイツ語で説明しております.
約束している時間は4時5分まで,あと7分ぐらいありますが,時間になりましたなら,「はい,どーも」と止めます.それまでこういう話を続けさせていただきます.
ドイツ南西端にあるシュバルツバルツです.ヨーロッパブナとかヨーロッパトネリコとかヨーロッパカエデとかヨーロッパシダレシラカンバとかヨーロッパトウヒとかが混じり合った針広混交林,山地帯の場所です.ここは,もちろん高山帯のない所ですが,上部に亜高山帯針葉樹林があります.標高が低い所です.
ここでもしっかりした看板があります.フェルドベルグという場所,ナチュールシュッツは自然保護,ゲビートは地域を意味します.ベズッフェルは観察,インフォマチオンは情報を意味します.とにかく,ここの自然にはこういう特徴があるということを,ちゃんと看板で偽りなく示しております.しかも,保護区の中は改変しないで守っております.ここでは,フライブルク大学名誉教授と現役教授の先生2人で現地を案内してくれました.へたな英語の手紙で情報を聞きましたところ,案内するという返事をいただき,大恐縮,大感激でした.この人は,オッティ・ウィルマンという有名な名誉教授で,こちらは現役教授のボーゲンリーダーという方です.お二人に案内していただきました.
ヨーロッパトウヒの林があって,こういう石灰岩ではない岩塊がこのように堆積していました.しかし,矮性トウヒが少なく,高山植物もせいぜいコケモモだけでしたが,風穴地として非常に重要と意識されておりました.
これは,スギバミズゴケとコケモモです.ここは,「蘚苔類と藻類がすごい,ツンドラにある藻類が飛び離れて発見されている」との説明を受けました.これは,ホソバミズゴケです.これは,ヨーロッパのブルーベリーです.こちらでいうと,エゾクロウスゴに近いものですが,これは亜高山帯に非常に多く,ジャムに利用されています.
はい,元に戻りましたね.時間になりましたので,以上で終わりとします.

.追記(まとめ)
ヌプカウシ山域の風穴地帯は,風穴植生やナキウサギなどを含む貴重な生態系として,国内だけではなく,ヨーロッパアルプスのものと比較しても,大規模で多様で特殊な特徴があります.それを地元の方も国民もこぞって大切に守り続けることができるなら,なんと素晴らしいことでしょう.
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