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第5回大雪山国立公園フォーラム2
2003/12/27

高山の自然と登山道

登山道の侵食はなぜ起きるか

渡辺悌二(北海道大学)


ご紹介いただきました北大の渡辺と申します。藤巻先生からお話ししていただきましたようにスイスから帰ってきたばかりですけれども、スイスには、「国際山岳年」という国連が定めた国際年の関係で行ってまいりました。来年2002年に、国際山岳年というのがあることのをご存じの方、どれくらいいらっしゃいますか? 何人かいらっしゃいますね。かなり知名度が低いですね。ここに国際山岳年のロゴマークがありますが、本部というか取りまとめとしているのがFAO(ファオ)という国連の機関です。ローマに本部があってそこが取りまとめをしていて、全世界的に、21世紀の世の中にどうやって皆さんが山と付き合っていけばいいのかというような、平たくいうとそういうような1年間にしようということです。そういう年が来年1年間なのですけれども、ちょっと宣伝のためにここに入れさせていただきました。
国際山岳年の中で、日本で考えていかなければならない問題の一つが、今日お話をさせていただくこういう問題だと思います。今日はデータがいくつも出てきますので、なるべくゆっくりお話しさせていただきますが、もし途中でわからないところがあったらその場で止めてください。

登山者の増加がもたらす問題
ご承知の通り、登山者数が増加しています。特に中高年の登山者は増加しているわけです。一方では、今日はお話しをしませんけれども、若者が山から離れている、自然から離れているということには、皆さんどなたも納得していただけるかと思います。ある意味でいえば若者が山に入らないということの方がもっと問題なのかも知れないのです。ただ全体としては中高年の登山者の数がものすごく増えていますから、高山植物とか土壌浸食とかそういったところに大きな影響を与えているわけです。
その例をここに2つ紹介します。上は北大の農学部の愛甲さんがとられたものです。これは大雪山の裏旭のところです。黒い線が1978年の道で、そこにキャンプ場がありますね。それがほぼ20年経つと赤く塗った部分が新しく道になって、赤く塗りつぶした部分は裸地になってしまっているわけです。これは何で生じたのかというと、要するにトイレ探しをするわけですね。トイレがないですから、トイレ探しをしてトイレ道がいっぱい出来て、それで裸地化がどんどん進んでいることが分かってきています。それから下の方の図ですけれども、これは黒岳の近くの登山道の断面です。横からスパッと切ったところです。人はその上をこちらから向こうに、あるいは向こうからこちらに歩くわけです。この縦軸が2メートルです。もともと登山道は、多分こんなふうにあったのでしょうね。それが1989年には登山道の表面はここにあり、1996年には7年間でこれだけ浸食されてしまったわけです。これだけの土砂がなくなってしまっているのですね。こんなふうにして大雪山のいたるところで人間の影響が出てきているわけです。
これは4月の最後の大雪山の空撮写真ですけども、ご承知の通り大雪山は雪がかなり多いわけです。雪がかなり多いと言いましたが、そんなこといったってこうやって雪のないところもあるじゃないかと思われると思います。遠くから見ていますから、一見雪が少なそうに見えますが、溜まっているところは20メートルとか溜まっているわけです。要するに雪がうんと厚いところとまったくないところの差がものすごく著しいのです。それが日本の高山の非常に大きな特徴です。これは日本の高山帯が中緯度にあって、ジェット気流というものすごく強い風の中にあるわけです。そこに雪が降ります。ですから、冬場に風が強く当たるところは雪が全然なくて、だけど振り払われた雪が風下側にはいっぱい溜まってしまうわけです。ですからちょっと凹んだところに行くと10メートル、20メートルくらいの雪が積もってしまうわけです。それからもう一つは大雪山でお分かりの通りに、火山性の山が多いわけです。火山灰が、勿論火山性の山でなくて花こう岩などで出来ている山もそうですけども、地表面に火山灰がいっぱい溜まっているわけですね。火山灰は柔らかいために非常に浸食されやすいわけです。ですから非常に柔らかいものが地表面にあって、そこに雪が積もり、積もった雪が溶けてそのとけ水が柔らかい火山灰や火山灰土壌を浸食するという図式が存在しているのです。

夏と冬の土壌浸食
高い山の上ですから当然寒いわけです。寒いところでどんなことが起きているのかというと、私たち地形学者は、地表面が凍ったり融けたり凍ったり融けたりを何度も繰り返すことによって、どういうふうに地表面が変わっていくのか、地形が出来ていくのかということを研究テーマの一つにしています。「依田、1991」って書いてありますけれど、これはうちにかつていた女子学生の修士論文研究の一部です。彼女が何を明らかにしたかといいますと、これはやはり黒岳の近くで、まずこの黒い線の部分と赤い線の部分は、1989年9月28日と1990年の6月18日の地表面だったわけです。同じ場所で繰り返して測量したところ、この部分で浸食が起きて、土壌がなくなっていたことが分かりました。それからあとはここで土壌がなくなっていました。これが冬期間のデータです。6月というともう夏に入りかけていると思われるかも知れませんが、ここで冬と夏に分けているのは、要は登山道が雪に覆われている期間を冬期間として、雪がない時期、すなわち人がたくさん入る時期ですね、それを夏にしているわけです。ですから、1年間のうち夏はわずか3ヵ月で、残りの長い冬の期間には、ここで顕著に土壌浸食が起きていますね。ところが夏はここでは土壌浸食が起きてないわけです。どこで起きているのかというと、ここで起きています。夏と冬とで土壌浸食が起きる場所が違うことが明らかになったわけです。これはどういうことなのかというと、先程ちょっと言いましたけれども、高い山の上ですから、うんと寒いわけです。そうすると、冬期間の中で実際には10月、雪が付く直前ですね、そういう非常に寒いときにここで凍ったり融けたりを繰り返すことによって、ここの土の粒がぽろぽろ落ちちゃうわけです。要するにこの部分では凍結融解の繰り返しによって土壌浸食が起きているわけです。ところが夏になりますと凍結融解の繰り返しが起きませんから、ここでは土壌浸食は起きないわけです。その代わりに何が起きるのかというと、ここで土砂がなくなるのは、一つは勿論ここを人が歩くからです。皆さんもそうですが、山に登っている人たちは山を愛して登るわけですけれど、人が歩くと必ず山は傷つきます。私たちが調査をしている間にも、歩く度にどんどん土壌浸食が進んでいくわけです。歩く度に靴の裏で地表面を蹴りますが、その結果、地表面付近の土壌がいわばふわふわになった状態になり、そこに雨水や雪のとけ水が流れるとふわふわになった土壌がどんどん流されていくので、夏はこういう部分で土壌浸食が進んでゆくことが分かるわけです。
実は1990年代前半までは、私たちは登山道の浸食はだいたいこういうことだろうと、こうやってゆっくりゆっくり進んでゆくのではないかというふうに考えていたのです。ところが、実際だんだん面白いことが分かってくるようになりました。

残雪と土壌浸食
ここに出した図ですが、黒岳の石室がここにあり、御鉢をぐるっと回る登山道がこうあります。それで1998年に雪がどのように融けていったかを測量したものです。ここではこの白抜きの部分が雪のない部分です。これが4月の状態。5月になると雪はこれだけに減ってしまいました。それから6月はこれだけです。7月にはこれだけで、8月にはもうこうなって9月には全て雪がなくなってしまいました。ところが雪の量は、山に普段登ってらっしゃる方、あるいは地元で生活してらっしゃる方はよくお分かりだと思いますが、年によって全然違いますね。
これはりんゆう観光がお持ちのデータで、1993年、94年、95年、96年、97年、98年、99年までの積雪深のグラフです。先程の雪が消えてゆくパターンは98年の様子を示したものです。要するに普段よりずっと雪が少ない年なんですね。ですから先程の図では、実は雪が多い年と比べると1ヶ月分雪解けが早いのです。
ここで注目していただきたいのは、ここにある登山道、これは廃道になっていて今は使われていません。使われているのはこの道とこの道です。こちらの道は冬でも基本的に雪が降らないところです。ここは、最初に写真でお見せしましたけども、強い風がもろに当たるところですね。非常に風が強いところなので、そういうところは冬でも雪がないわけです。その代わりちょっと凹んだところ、たとえばここですけれど、雪が非常に厚くなってそれで夏まで雪が残ります。そうすると先程ちょっと言いましたが、例年だとこの状態が7月になってからの状態ですね。で6月、7月、8月にはこういう状態です。ですから人が多い時期に、こういう登山道の一部に雪が残っています。この残雪が融けてゆく時に悪さをするわけです。
先ほど、1990年代の修士論文研究では、冬場は登山道の地面で土壌の凍結融解によって土壌浸食が起きて、夏にはそこを人が歩くために土壌 浸食が起きると言いましたが、その後いろいろなところで登山道の地表面に温度計を差し込んでおいて、土の温度を自動的に測定しました。技術の進歩のおかげで、今やこんな小さな機械で、自動的に1時間間隔で温度を計って、ちゃんと記録してくれます。それを持って帰ってきてコンピュータの中に入れて簡単にグラフが書けます。ちなみに私が学生の時には、もしそんなことをやろうとしたら、自分で工作をしなければなりませんでしたし、1組で35キログラムにもなりました。今やマッチ箱サイズです。技術の進歩というのは恐ろしいものですね。そういう機械を地表面近くに設置するわけです。そうするとその地点が本当に冬に凍結融解しているのかが分かります。それを実際に雪が比較的遅くまで残るところで調べてみました。雪に覆われている間は、地表面の土壌は基本的にずっと0度です。永久凍土があるところだと、マイナス3度とかマイナス5度以下とかになります。大雪山の上にも高いところには永久凍土がある場所がたくさんあります。しかしこの測定をした登山道の下には、永久凍土がないことが分かりますね。0度の期間は雪に覆われていたわけです。ところが先程言いましたけれど、雪が多いところでは1年間のうち9ヵ月とか雪があるわけですね。雪がなくなったときにはもう6月の後半ですから気温がそうとう高いわけです。なくなってからはいきなり常時プラスになってしまいます。もし凍結融解の繰り返しが起きるとすれば、それは一日の気温が昼間はプラスになって、明け方にはマイナスになる必要があるわけですが、そういう時期はもっと早い時期で、雪で覆われているわけです。そうすると、実は1990年代前半までのかつての学生の研究結果ですけれども、大雪山のような雪が多い地域では、ごく一部の場所でしか起きていないということが分かってきたわけです。では、実際に土壌浸食がどんなふうに進むのかを考えていかなければならないわけですね。
現実に土壌浸食はこんなふうに起きています。赤い波線で示した部分が1989年の登山道表面です。それから黒い部分が96年の表面ですから、7年間でこれだけ浸食されていることが分かると思います。ここはあまり浸食されていませんし、一部では植生が回復しているところも出来ています。これはロープを張って登山者が入れないようにしているためですね。ところが人が歩けるようにしてあるところでは、7年間で最大80cmもの深さの土壌浸食があります。これを見るとお分かりになると思いますけれど、やはり人間の影響は明らかなわけです。
実際に7年間で数十センチもの土壌浸食があるところが、どういうところなのかを紹介します。これは別の学生が黒岳の石室周辺で調査した結果です。石室のすぐ南で調査をしました。まず、このように地表面を区分して、そこの地質がどうなっているのかをみて、それから雪解け時期がいつかをみて、傾斜がどうなっているのか、土の表面の固さがどうなっているのか、そういったことを調べて、それらを一つにまとめます。結果的に一本の登山道の中で、土壌浸食がどういうところで起きているのかがわかります。上に緑で示したのは一度浸食された土壌が再び堆積している量を表しています。赤で示した方が浸食された量です。これ見ると、浸食はこの登山道でいうと下の方で著しいわけです。その理由は、基本的には何かというと、残雪が遅くまであるからなんです。
先程示した登山道です。それを違う角度から見るとこうなります。ここに現在の登山道があり、ここに廃道が1本あります。現在の登山道がある場所を見ていただきますと、これが1998年4月の積雪表面ですね。それが5月、6月、7月、8月にこのように融けてゆきます。繰り返しますけども、通年だとこれよりも1ヵ月ぐらい遅れて雪が融けてゆくわけですが、ここではこの年で約8メートル雪が積もっていました。雪が非常に多い地域のなかでも、特に雪が多いところに登山道が作られてしまっているわけですね。ですから、雪解けがどんどん進んでいくと、毎日、連続的に水が供給されます。ですから土壌浸食にとっては雪解け水というのは、雪がなくなるまでコンスタントに供給されますから、非常に大きな意味があるわけです。したがって、登山道が雪の非常に多いところにあると、大きな土壌浸食が生じるわけです。

もう一つは、雪だけではなくてちょうどこの時期に人がたくさん入るということも問題なわけです。大雪山では、雪の関係があって、どなたもご存じの通り、6月の一番最後から7月、8月に非常に人が多いわけです。一年間の中で人が入るのはほとんど7、8月、あとは9月の紅葉の時だけといってもいいくらいですね。紅葉の時期はいいのですが、6月の最後から7月、8月というのは、ちょうど雪が融け終わる前で、地表面がぐちゃぐちゃになっているわけですね。ぐちゃぐちゃになっている時に歩くと、一歩き一歩きごとに地表面の土が蹴られてぐちゃぐちゃになります。そこに雪解け水がくれば、ぐちゃぐちゃの土が全部流されてしまうわけです。
したがってもし将来的に、入山者数の制限をしようとした場合に、皆さんの中にも賛成と反対の両方があると思いますが、一つの考え方としては、それぞれの登山道でいつ雪がなくなるのか、それをきちんと明らかにして、雪解け水で地表面がぐちゃぐちゃな時には入らないようにすることも大事であると思います。それだけで登山道の浸食速度はものすごく落ちます。そういう形で、総量規制を永久にするということではなくて、一時的・季節的にコントロールするということもあってもいいのかもしれないと思います。

現在の土壌浸食対策
今までお話ししてきましたように、大雪山の登山道では土壌浸食が凄まじいわけです。ここからは、それに対してどのような対策が行われているのか、簡単に紹介をさせていただきます。まずは蛇篭(じゃかご)を使った登山道整備です。これは姿見の池のちょっと下のところです。非常に深く浸食されてしまったところを、ヘリを使って、ようするにものすごく大きなお金を使って、こういう整備をしているわけです。
それからもう一つは、皆さんお馴染みの木道ですね。旭岳ビジターセンターの中村さんが撮った写真です。こんなふうにして木道もどんどん作られています。このように、登山道の土壌浸食に関しては、あえて言わせていただきますが、それなりに取り組みをしているのですが、ただこれらの方法には大きな問題があるわけです。今の国の予算の枠組みの中で実施をすると、公共事業の枠組みですることになり、5年に一回とか10年に一回とか、あるいは下手をするともっと長い期間を経て、初めて何千万円という予算があたって、そこに大きな工事がはいるわけです。何千万円という予算を使って大規模な整備をすると、その次に予算がつくまで、たとえ土壌浸食が進行しても何も出来ないわけです。言い方を変えれば、激しい土壌浸食が進行してはじめて再び予算要求が可能になるのです。
これは黒岳の七合目から山頂区間の様子です。300段ほどの木の土止め階段があったのですが、それがちょっと前に改修されました。土壌浸食が著しいのは、改修される前の状況です。土止め階段が設置されてから7年間、もちろん予算がつきませんからそのまま放置されていたのです。ここの場合は、実はりんゆう観光がある程度の補修をやってはきたのですが、基本的には大きな工事があったあとは長年にわたって放りだされていました。放りだされて7年間でどうなるかというと、破損がないのが3分の1だけです。残り3分の2は、ずれたり、たわんだり、折れたりして、要するに土止めの役割を果たしていないわけです。
土止め階段付近での土壌浸食の進行についてまとめたのがこの図です。木で土止め階段をつくり、それからあとは排水路をつくるようにします。皆さんが歩いている時にお気づきになると思いますが、機能していない排水路がたくさんありますね。こういった階段や排水路を大きな予算を使って設置して、ところが実際に顕著な土壌浸食がない場所が3分の1ぐらいしかないわけです。

土壌浸食のメカニズム
土壌浸食の進行の仕方ですが、一部はガリー浸食で登山道の幅が広がります。土止め階段を設置すると、この階段の脇から水が抜けて浸食が起きます。それがどんどんひどくなっていくと、階段の部分でも土壌がぬけてしまって全体で浸食が進行します。それからもうひとつパターンは、横に水が抜けないで階段の下を直接えぐって、階段そのものがやられてしまうわけです。
土壌浸食というのは、放置しておけば進行してゆきますが、何度も強調しているように雪の融け水が非常に重要な原因になっているわけです。これは勿論大雪山では特に顕著ですし、それから本州だと北アルプスだとか中央アルプスなどでも同じです。ところが土壌浸食には、地域性があります。丹沢などでもものすごく厳しいわけですが、丹沢の場合は雪はないわけです。そこではどうして土壌浸食が著しいのかというと、夏場の梅雨のせいですね。梅雨の雨水によって常時水分が供給されるということです。ですから雪が多いところでは雪の融け水が決定的に効きますし、雪がなくても日本の場合には本州から南では梅雨が効くというわけです。
ところが去年、それから今年、山の中に入られた方は登山道が一変したと感じられていると思います。これは去年の黒岳周辺での修士論文の結果です。私たちは、7年間から10年間以上にわたって、土壌浸食を同じ地点で測量していますが、風が強くて雪がほとんどつかないところでは、従来、土壌浸食量はものすごく小さかったのです。だからそういうところでは、雪融け水が供給されないから、あまり土壌浸食が進まないのだろうと考えていたのです。実際その通りなのです。ところが、この地点は、4月12日以前にすでに雪がない場所です。要するにここは冬でも雪がつかないところですね。雪がうんと少ないところなのに、そこでも著しい土壌浸食が起きています。どうして従来は起こらないところで一気に土壌浸食起きたのか?そういう現象が、去年、それから今年になってあちこちで出てきたのです。
いずれも何が問題なのかというと、大雨です。これは1999年に実際に黒岳の近くで測定した毎日毎日の降水量データで、縦棒で示してあります。それから赤線が層雲峡での降水量データで、長年の平均値を示してあります。当然黒岳の方が高い標高にありますから、層雲峡に比べると降水量は多いのですが、ただここを見ていただくと、普段は降らない量の雨が一度に降ったことがわかりますね。ものすごく多い雨が降ることによって、普段は起きない土壌浸食が起きてしまったわけです。そういう大雨が今年も降りました。その結果、普段は雪が少ないから顕著な土壌浸食が起きない地点でも、土壌浸食が起きてしまい、それどころか登山道を含めて周辺の地形の崩壊が起きてしまったのです。
ここでちょっと登山道の浸食速度のまとめをさせていただきます。侵食量や浸食速度は、登山道の断面積で表しますが、本州の白山で山田さんという方が修士論文研究をしました。長年の平均的なスピードで1年間に登山道の断面にして、ほとんど0に近いところから、720平方センチメートルまであります。それから、黒岳の周辺でも数百平方センチメートルありますね。1990年から97年の7年間で計算をすると、最近、加速度的に土壌浸食が増えてきているのではないかと思われます。さらに、昨年の大雨による土壌浸食速度を含めると、きわめて大きな速度になってしまいます。

土壌浸食対策を考える
では、こういった問題に対してどうしたらいいのでしょうか?コントロールをしようと思うと、河川の洪水対策と同じ、要するにダムを作るときと同じですね。100年にいっぺんおきることに対して我々がコントロールをしたいのか、それともそうじゃなくて毎年起こるようなことに対してコントロールをしていくのか。そこでコントロールの仕方が大きく変わってしまいます。
いきなり場所が変わりますが、これは北アルプスの立山です。ここでは、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、最近、多くの国民から「過剰整備」と批判を浴びた環境省の大事業がありました。ここは、バスとロープウェイ、ケーブルカーに乗れば、ほとんど歩かなくても高山帯にいける場所です。ですからものすごい人が来ます。そういうところで実際に遊歩道がコンクリートで固められています。それから木の階段がいっぱいあって、こうした整備の仕方をどう考えるか、ここに来ている人たちにアンケートしたところ、自然の破壊につながるとか、まわりの景色との調和がよくないといった、「ネガティブ」な答えをした人の数を緑で示してあります。それから靴が汚れなくていいとか、高山植物への影響が少ないとか、土壌浸食が少なくない、道に迷わないといった、「プラス」に考えている人たちがこちらで、圧倒的に多いことがわかります。歩道にロープが張られていることに関しても、仕方がないんだ、あるいはいいんだという人たちが非常に多いことがわかります。過剰整備がいかんと言う批判がある一方で、実際の利用者にはこうした整備を支持する人たちが多いのです。
ここで私が言いたいことは、自然を守るときには、どうしても手をつけてはいけない所と、コンクリート固めのような整備をする必要がある所の両方があるはずだということです。同じ一つの国立公園の中でも、すべてを手付かずにしようとしても現実には不可能です。黒岳ロープウェイや旭岳のロープウェイの利用者数を一日100人に制限しましょうということが、皆さん全員の間でOKとなれば、土壌浸食や高山植物への影響は格段と小さくなるでしょう。しかし、そのようなことは現実的ではありません。人が多いところに対してある程度のコントロールをしなければ、土壌浸食はものすごい速度で進んでゆき、今日はデータを示しませんが、浸食されて再堆積した土砂が高山植物に影響を与えてしまっているわけです。放置しておいては、そういう影響を止めることは出来ないのです。一方で、国立公園のすばらしさをより多くの人が体験できてこそ、自然環境の保全への理解が深まります。すべての場所を人数制限してしまうやり方には問題があります。ですから人が多いところと少ないところでは、コントロールの仕方を変えていかなければならないわけです。
それからもう一つは、コンクリート固めをしなくてもいいようなところに関して、果たしてどういうことをすればいいのかです。非常に面白い問題ですけれども、これは98年の9月、雲の平の写真です。浸食が進んだ登山道で土砂を積んでいる人がいます。どなたかがやっているかというと、勝手にボランティアでやっているのです。私どもは、先程言いましたように、温度を計るためにマッチ箱ほどの大きさの機械を設置するのにも、環境省からきちんと許可を取っています。土嚢袋に土砂を入れて積むなどという行為は、地形の人工改編です。土嚢袋はやがては破れます。やがてはというかあっという間に破れます。ばらばらになってその辺に飛び散ります。こういう影響が出るのは確かです。だけど、じゃあ、この行為が悪いのかというと、これは非常に大事な問題を投げかけているわけです。こうした形態で登山道整備を続けてゆくかどうかは別として、ただ、一般の方々や山で監視パトロールをしている人たちが、ものすごい危機感を持っていて、もう自分たちがなんとかするしかない、自分たちでやってしまおう、という状況になってしまっているということです。ここで袋に使っている素材の問題はありますが、ひとつにはこういった整備をシャベル一つ、人力だけでやってしまうことに注目しなければなりません。
これだけで実は、土壌浸食はかなり止まります。それは、先程お見せしたデータからわかります。土壌浸食があるのと同時に浸食された土砂が再堆積していると言いました。あの再堆積した土砂がある場所は、実はこういった何人かの人たちが廃材を使って土止め階段を勝手に作った場所で、その効果が現れているのです。それが何年持つのかは問題ですけれども、ただ、従来型の公共事業によらないで、人をこまめに使っていけば、かなりの地点で土壌浸食はおさまるのだと思います。
それからもう一つ、木道というのは、木の家に住む、森林が多い日本の国民には非常に受け入れやすいものですが、皆さんお分かりの通り数年で腐ってしまいます。ですから、やはり予算の面でたいへんなわけですよね。しかもあれだけの大規模工事を行うと、周辺植生への影響が大きい。これはオーストラリアの例ですが、分かりますでしょうか、ここに金網でできた登山道があります。この金網状の登山道が木道と同じ役目を果たしているのです。横に鉄のバーが入っていて、金属の網が地表面よりも高いところに持ち上げられています。この利点は何かというと、金属の網の間から光が入りますから登山道の下で植生が回復してしまう点にあります。下で植生が回復しているわけですから、土壌浸食はこれ以上進まないわけです。そういう意味で、金属に使う素材によって物質が地中に溶けていくとまずいわけですが、あるいは日本人が金属の登山道を受け入れるかどうかというメンタルな問題もありますが、それがクリア出来ればこういった素材を導入していくという新しい考え方もそろそろ必要なのではないかと思います。

愛山渓登山道での新たな試み
悪口ばかり言ってきましたが、実は環境省は、大雪山を舞台にして登山道をどうやって考えていったらよいのかという懇談会を持っておりまして、実際に今年、愛山渓で新しい試みをしております。画期的な試みなので簡単に紹介します。これが1メートルで、ここが登山道です。両側が笹で覆われています。それから低木が少しあります。道はここから上がっていくわけですけども、水はこの青色で示したようにこういうところを流れてゆきます。ここで従来とは異なる登山道の整備をやってみようというわけですね。
それでつい1ヵ月にならないでしょうか、四国から近自然河川工法の専門家と石組み職人さんが来て、登山道を直したのです。どのようにして登山道を直すのかというと、人力で石を動かすわけです。石と石を組み合わせて安定させるわけです。灰色で塗っているのがもともとあった石で、茶色の石が登山道の周りから持ってきた石です。それであっという間に、1段、2段、3段、4段かな、石でできた階段にしてしまったのです。これはあっという間に出来ます。勿論ヘリコプターは必要ありません。全部人力で、数人であっという間にやってしまうわけです。
さらにここで何をしたかというと、ここに石を集めてやって、水たまり(プール)を作ってやります。彼らのアイディアで重要なことは、水が流れてきたら逆らわずに流してしまおうとことです。私たちは、一般的には、外国でもそうですが、教科書的に言えば、水は排水路を設けて登山道の外に出す必要があると考えていたわけです。勿論どこかで排水しなければならないのですが、どこででも出来るかというとなかなか難しい。そういうところでは、従来からあるような水道(みずみち)はそのままにしておくのです。要するに、これは自然の河川のうんと小さいものだと思ってくださればいいわけです。川の水はそのまま流してしまおうというわけです。
水を流せば当然、土壌浸食は進みます。そこで、こういうプールを、ここでは1つだけですけれども、ここに作ってやるわけです。プールを作ることによって、水の流速を落としてしまうわけですね。流速を落とせば土壌浸食は抑えられます。水を流して流速を落として、また流してまた流速を落として、ということを繰り返します。この繰り返しによって、水は流してやるけれども土壌浸食はなるべく起きないようにしてしまうという魂胆です。
ここに水が流れた時の攻撃斜面がありますね。そこで、ここに石を置いてやることによって、この下で土壌浸食を抑えるわけです。だからたとえ攻撃斜面であっても、石を置くことによって、水を流しても構わないということです。
これまで私はあちこちで、「日本の国立公園はけしからん。土壌浸食はどんどん進んでいる。どうしてきちんとしたコントロールをしないのか。世界の中でも最悪だ」といった国立公園管理のひどさを強調してきましたが、最近になって、今日お話しをさせていただいたように、いろいろな試みがなされるようになってきました。こういった手法が果たして本当にうまくいくのかどうか、これから数年経ってみなければ分かりません。ただ、従来型の公共事業によらない、人間の体力だけで出来るような、そんな整備の仕方で出来るだけ土壌浸食を抑えるということを、一つの方向性として目指していく必要があると思います。

おわりに

まとめをさせていただきます。実は今まで私たちは、この図に示したこちらの部分を見てきました。雪解け水の供給でガリー浸食が出来、それを放置していたから大規模工事を行わざるを得なかったことや、さらには公共事業的な予算取りしかできないことに問題があると言いました。日々の維持管理をせずに登山道を放置してきたのは間違っていて、シャベルやツルハシで毎年維持すれば、それでかなりの場所はなんとかなるのではないか、というのが私たちの主張でした。そこに、近自然河川工法を応用して、「近自然登山工法」とでも呼ぶような、人力による登山道の維持管理方法を確立させる必要があることを紹介しました。一方で、去年と今年、非常に大きな雨が降って登山道そのものやその周辺で崩壊が起きています。こうなるとどこまで整備したらよいのかが問題になってきます。この議論は今のところ全くありません。もちろん全て整備してしまえば過剰整備になりますし、全ての場所がコンクリート固めになってしまったら誰もそんなところに行きたいと思わなくなってしまいます。ですから今後は、登山道の浸食に対しては、毎年の維持管理がきちんできる体制を整えることと同時に、何十年に一度の大雨による大規模な地形改変とどのように付き合って行くかについても考えていかなければなりません。
最初に、来年が国際山岳年だとPRさせていただきましたが、来年2002年の7月に大雪山で山岳エコツーリズムのシンポジウムを開きたいと考えております。あくまでまだ叩き台ですが、こういうものがどうやら企画されているんだということを、頭の片隅に置いていただいて、どうぞ皆さん来ていただきたいと思います。その中で、今日お話しをさせていただきました、新しい登山道の作り方を含めて、シンポジウムしたいと思っております。登山道の土壌浸食に関して、もし興味があるという方は是非とも来年、シンポジウムに参加していただきたいと思います。長い時間どうもありがとうございました。

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